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で、PR会社って何してるんですか?

PR業界の悩みやグチ、そして時々参考にしていただけるかもしれない情報を徒然なるままに書き綴っていきます。

「鬼十則」メディア報道について思ったこと

以前から気になっていたので、いつか書いておきたいなと思っていたのが電通報道についてです。

 

まず初めに、今回の事件を肯定する意図は全くありません。電通は嫌いですし、ハラスメントのまかり通る社風は最低だと思っています。

 

さて各誌電通の労働形態を指摘するとき、とりわけ事件初動で必ずといっていいほど引用されていた殺し文句があります。鬼十則」です。

 

 

 「取り組んだら放すな、殺されても放すな。目的完遂までは」

 

この項目を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。これだけ見ると確かに「ブラック」、「激務」、「モーレツ」な激しい労働現場を想起させることが出来るので、記者としては殺し文句に使うことが多いようです。以下の媒体でも引用がされています。

 

 ■2016/11/22 business Journal

 電通、社員を死に追いやる恐怖の「責任三カ条」…「十を誤るごとき者は削除せらるべき」

 http://biz-journal.jp/2016/11/post_17262.html

 

 ■2016/11/17 日本経済新聞

 電通、「鬼十則」削除へ 過重労働と関連指摘 

 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ17I44_X11C16A1TJC000/

 

ただこの項目ばかり使うのはフェアではありません。十則と書いてあるように他に項目は9つあるのです。それを見てみましょう。

 

公益財団法人 吉田秀雄記念事業財団 | 財団の概要 | 吉田秀雄について | 「鬼十則」

1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。

2.仕事とは、先手先手と働き掛けて行くことで、受け身でやるものではない。

3.大きな仕事と取り組め、小さな仕事は己れを小さくする。

4.難しい仕事を狙え、そしてそれを成し遂げるところに進歩がある。

5.取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…。

6.周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。

7.計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。

8.自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。

9.頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。

10.摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 

結構良いこと書いています。特に8条と10条はすごく良いこといってると思います。

 

 もちろん言葉を表面上だけでとらえてはいけないでしょうし、電通社員にとってこれが言葉以上のプレッシャーをかけているのであれば削除の検討も妥当なところでしょう。

ただこの項目を掲載するメディアが恣意的に特定の言葉だけ強調して掲載するのはどうかと思うのです。もちろん紙面の都合上、すべての条項を書くわけにもいかないでしょうし、苛烈なことが書いてあるのも事実です。ただ、特定の項目だけを抜き出すのは読者にとって他の重要の項目を見落としてしまうことにもなります。実際この1項目だけを抜き出して書くメディアが多いのは他の項目には「ブラック」なものを感じなかったからでしょう。以下の媒体では書き方に配慮があったように感じます。

 

■2016/11/17 朝日新聞

電通の「鬼十則」、社員手帳掲載取りやめを検討

http://www.asahi.com/articles/ASJCK6FDMJCKULFA02T.html

 

■2016/11/17 産経新聞

鬼十則」、社員手帳への掲載取りやめへ 《頭は常に「全回転」、一分の隙もあってはならぬ》

http://www.sankei.com/affairs/news/161117/afr1611170027-n1.html

 

媒体や記者の個性が出るような書き方は仕方ないことですし、多様な意見が生まれていいことだと思います。ただこういうセンシティブで社会的な問題について、読み手は書き手の恣意的な部分を精査しながら見ていくこと:「メディアリテラシー」が大切になると改めて思いました。大きな問題であればあるほど、社会の流れを一度客観的に静観してみるのも大切だとおもいます。

 

初めにもかきましたが、単純に電通はあまり好きではありません。「若者問題研究所」など嘘くさい広告的な肩書を標榜したり、「オリンピックを誘致した」と得意げになったり、「電通を辞めた」ということをステータスに考えている人たちがたくさんいて、その何かにじみ出るスタンスがどことなく嫌いでした。 こんな肩書は電通だから通用するし、電通の社員だからそれなりのことを言っているように感じますがなんてことはないのです。

 

最近、どさくさに紛れて電通出身者でホットな投稿をされた「はあちゅう」さんという方もいらっしゃいました。

news.nifty.com

 

「CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。この会社にいる時点で普通でないと自覚しろ。」ということをドヤ顔で書いています。どの程度の意図をもってあの投稿をしたのかは知りませんが、「典型的な広告パーソン」だなーと思いました。

 

「とりあえず話題になることが大事」

「反応されたほうがされないよりはいい」

 

という考えで、自分を話題の人物(インフルエンサー)だと思うのでしょう。まぁ、こういうことを言わないと他人に構ってもらえないのですから、 いずれにせよ無視して差支えないでしょう。他人を馬鹿にしたことを書いたり、既得権をステータスにして「エリート集団」を標榜するのはちょっとおかしい。

 

最後になりますが、私は今スタートアップ企業が集まるシェアオフィスで働いており、仕事の関係でも多くのスタートアップ企業と関わります。彼らの多くは自分で仕事を立ち上げているのでとても仕事にまっすぐで話すとキラキラしています。そして彼らの共通点は自分のやりたいことに真剣で素直です。肩書なんて気にしません。

 

そういう人たちに囲まれていたので、ニュースを見たとき「電通に入社することがステータス」という考えがいまだに残っていたのかと若干驚きもありました。もちろんスタートアップのすべてが良いわけではありませんし、大手企業にも楽しみながら真剣に仕事に取り組んでいる人はいます。それでも後者は少数に感じます。

 

もちろん人によって抱える悩みやしがらみも違うので楽観的なことは言えませんが、電通を辞めたり、大手の企業から出ていくことを恥だとかそういう「ステータス主義」の風潮が早くなくなるといいと心からおもいます。 そういうしがらみから解放されても大変なことも沢山ありますが、素直に生きれる分楽になれるのではないかと思います。