で、PR会社って何してるんですか?

PR業界の悩みやグチ、そして時々参考にしていただけるかもしれない情報を徒然なるままに書き綴っていきます。

広告とPRは案外似ている:閉塞感ただよう「究極のサービス業」の行く末

先の電通の労働問題を受け少し思ったことがあり書いてみます。

広告代理店とPR会社の業務内容は異なりますが、電通の労働問題の報道記事をみていくと「広告とPR会社の労働スタンス」は似てるんだなと感じました。

 

【まず広告とPRの違い】

<広告業界>

もちろん広告業界といっても一様に言えませんが、基本的には「関連会社、またはパートナーメディアが持っている媒体の切り売り」します。営業やクリエイティブ部は広告の内容にオリジナリティのある提案を行ったり、有名媒体とのコネクションを持っていることが強みとなります。一方メディア露出が最終的なアウトプット(方法論)が広告しかないことが弱みになります。広告業界からPR業界に移る方はこの「プロモーションの方法が広告しかない限定的な面」に違和感を感じることが多いと聞きます。

<PR業界>

一方PRは広告に限定されず「クライアントの要望に応じてサービスを組み合わせる」ことに長けています。SNS/メディアアプローチ/プレスイベント/展示会等、PR会社によって得手不得手はありますが、ワンストップでサービスを提供できることが強みです。逆に多様化するPR手法に対応しきれず、しっかりと指導できる立場の専門家が業界に少なく、若手が育っていません。多くのPRマンがインハウスの広報への転職を希望しており流動的です。専門性が高く、業務量も多いわりに給料が安いのも原因でしょう。

(※補足) 広告会社も、例えば電通であれば子会社の電通PRや海外の買収したPR会社と連携をとれるため、一概に広告/PRを二分しにくい面もあります。

 

さて一見違うように見える広告とPRですが労働の本質はすごく似ている気がしました。以下のNHK News Webの「究極のサービス業」という言葉には共感します。

 

【究極のサービス業といわれる理由】

NHK News Web 2016年11月4日

News Up 電通で何が 現役社員が語る電通の今

<http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161104/k10010756121000.html>

究極のサービス業

"社員の1人は「われわれは究極のサービス業で、クライアント(客)に言われたことはなんでもやるという仕事なので、労働時間といった概念はあまり関係ない」と話し、広告を出す客の要望に応えた結果だと説明します。この社員は「どれだけクライアントに貢献できたか、プライドを持って働いている人が多い」と話します。"

 

「クライアントに言われたことをなんでもやる」。PR業界にも「クライアントの満足度」がすべてという空気があります。クライアントが有力な企業・人間であればあるほど、その人たちに認められれば社内でも一目置かれますし、いざという時は「そのクライアントをもって独立する」という選択肢も生まれます。

広告・PR業はモノを扱わないサービス業です。そのためクライアントからの信用をなくすことは、自分の商品価値をなくすことであり、社内での立場もなくなります。自分自身が商品ですので、一度大きな失敗を犯すと商品価値が暴落します。だからひたすらに仕事をこなし、要望に応えようと無理な働き方をします。この点をみると労働の本質はPRも広告も似ており、今回の事件は対岸の出来事ですますことはできませんでした。

 

【PR・広告業界は黄色信号?】

PR業界は堅調に成長しているといわれています。ただ現場にいる立場としては今後大きく伸びていくことはない気がしてなりません。あまりに技術進歩によるメディアの在り方の変化が目まぐるしくて、PR業界はどのように成長していけば良いかわからない天井にぶつかっています。追いつくだけでも疲れてしまい、ある種の閉塞感が漂っています。ひたすら仕事をこなし、それでも改善に向かわない・解決が見えなくなるとどうしても社内に閉塞感が漂ってくるんですよね。そういう時って社内の人間関係もぎくしゃくしていくものです。

電通の社内の弱い立場の人間を追い詰める環境が出来上がっているということは、電通も広告業として方向が定まってなく・舵もとれず、士気も低く閉塞感が漂っていたのかなとも邪推してしまいます。顕在化していないだけで「電通のネット広告不正請求事件」にみられるような問題があるのかもしれません。

「クライアントのために尽くす究極のサービス業」といえば少し恰好いいような気もしますが、そのハードな仕事の先にも未来が見えないのはちょっと辛いですね。